沿革

1984年(昭和59年) 8月 やまびこ共同作業所 誕生(紺屋今町)
1987年(昭和62年) 10月 新屋敷に移転
熊本市より始めての運営補助金支給(年額40万円)
1988年(昭和63年) 8月 第1回やまびこ夏祭り(新屋敷)平成11年まで毎年継続
1998年(平成10年) 12月 第1回やまびこもちつき大会(新屋敷)平成12年まで継続)
2000年(平成12年) 8月 第1回新屋敷ふくし夏祭り(新屋敷)現在7回
2001年(平成13年) 10月 社会福祉法人取得 小規模通所授産施設認可。
やまびこ福祉会3ヶ年計画
第1回新屋敷ふれあいもちつき大会(新屋敷)現在5回
2003年(平成15年) 7月 共同作業所ゴー・スロー開設(フードパル内)
2004年(平成16年) 10月 ゴー・スロー 小規模通所授産施設認可。
やまびこ共同作業所 寄付によりシロアリ駆除実現。
やまびこ共同作業所20周年記念イベント
「べてるの風を熊本に」(北海道浦河べてるの家から熊本県立劇場
2005年(平成17年) 8月 グループホームすばる開設(帯山)、認可。
2006年(平成18年) 10月 やまびこ共同作業所(小規模通所授産)
→就労継続支援B型ワークセンターやまびこに改名・移行。
ゴースロー(小規模通所授産)
→就労継続支援A型へ移行。フードパルより帯山へ移転。
すばる(グループホーム)
→共同生活援助へ移行。
2008年(平成20年) 12月 ゴー・スロー 第1回もちつき大会(帯山)
2009年(平成21年) 7月 やまびこ25周年記念事業 「マッケンジ―・ソープ絵画展」
9月 やまびこ25周年記念事業 「坂本緑オータムコンサート」
11月 やまびこ25周年記念事業

映画「ふるさとをください上映会」記念講演・記念式典

やまびこ25年の歩み 開設当時・1984年~1987年

1984年8月 やまびこ共同作業所発足(旧消防署となり熊本市第3別館)
<発足時の呼びかけ人>
潮谷義子さん(元熊本県知事)、原田正純さん(現熊本学園大学教授)、樺島啓吉さん(医療法人芳和会理事長)、山本あやさん(障害者・児の生活を豊かにする会・会長)、故・才頭斌さん(当時・精神障害者菊陽病院家族会事務局長) 以上5人
<動機>
1981年「障害者・児の生活を豊かにする会」(会長・山本あや)が結成され、この会を中心に養護学校の卒業を間じかに控えた保護者や障害のある人たちの「働く場がほしい」という願いや要望、またこの会に精神障害者家族会の親たちも加入し病院退院後の働く場やくらしの問題が熱心に討議され、共同作業所を作ろうと廃品回収やバザーなど資金作りに取り組み運動を盛り上げていきました。
一方、熊本県でも先進的な精神科医療を進めていた精神科の病院・熊本保養院(現・菊陽病院)では、入院から地域精神科医療を医療活動の中心に据え、作業療法や共同住居づくり、さらに退院患者や通院患者の日中活動の場として働く場の必要性が強調されていました。
昭和59年(1984年)山本会長より、作業所作りのための指導員の派遣をしてほしいと菊陽病院院長へ申し入れがあり、これをこころよく受け入れてもらったことと、作業場の確保で澤田一郎熊本市議会議員の力添えをいただき熊本市第3別館(旧消防署近接の当時使用されていない熊本市別館)を借りることができ、ここに「やまびこ共同作業所」が誕生しました。
建物は長いこと使用されていなかったのでゴミの山でした。
作業内容は、下請け作業が主で、現在もお世話になっている清正製菓の菓子組立作業と再春館製薬の化粧品関連の仕事でした。仲間たち(利用者のこと)は、約30名程度と多く、仕事場は古い建物にもかかわらず、みんな大変にぎやかな雰囲気で笑いの絶えない毎日でした。
この年に障害者列車を走らせる会が発足し、第1回障害者列車ひまわり号(阿蘇)にみんなで参加して楽しい一日を過ごしていました。
初代所長は、呼びかけ人の一人である才頭 斌所長、指導員は菊陽病院のPSW村上清さん。

<全国的な動き>

1969年 知的障害者を対象にした共同作業所の第1号
名古屋に「ゆたか共同作業所」誕生
1976年 精神障害者を対象にした共同作業所の第1号
東京都小平市に「あさやけ第2作業所」が誕生
1977年8月6日 共同作業所全国連絡会(現・きょうされん)結成
~共同作業所 燎原之火の如く拡大!!
きょうされん結成当時焼く100か所、1981年638か所、1985年1000か所を超え、2003年8月6025ヶ所。
精神障害者共同作業所 1984年147か所、2002年8月1725か所。(以上、きょうされん発行「人はつづく 道はつづく」より)

新屋敷へ移転(1987年)から法人取得(2001年)まで ~~無認可作業所時代~~

1987年10月 現在の新屋敷3丁目へ移転
この建物は、終戦後失業対策の労働者の休憩所のあとで、鉄骨木造の老朽化した古い建物でしたが、熊本市の好意で若干の補修をしていただき無償で借り入れることが出来ました。地理的には交通も便利で閑静な格好の場所でした。
移転の翌年、待ちに待った補助金が熊本市より年額40万円支給されました。この運営補助金の実現にあたっては大変な苦労がありました。当時菊陽病院の樺島啓吉院長が調査研究し共同作業所がいかに有効な施設であるかを医学的に証明し、赤星香世子PSW(現・熊本学園大学教授)、上野修一事務長(当時)と一緒に熊本市に数回陳情して国や県に先駆けて補助金を確保できたことはみんなの確信になったと思います。
当時の市の服部衛生局長をはじめ市当局の方々には大変お世話になったことは忘れることはできません。
1989年4月には、国より運営補助金70万円、県からも同額の運営補助金が支給され、やっと運営に光が見えはじめました。

<補助金の動き>
小規模作業所に対する国庫補助金制度は、1977年の精神薄弱者通所援護事業から始まりました。しかしこの制度は、知的障害者に限定され、かつ補助金を1ヶ所70万円というもので、親の会への奨励金的な性格をもつものでした。1987年には、共作連をはじめ関係団体の強い要望を受けて、身体障害者小規模作業所を対象に在宅重度障害者援護事業、精神障害者小規模作業所を対象に精神障害者運営事業が予算化されました。ところがこれらの補助金制度は、障害別に分立し、補助金額も知的障害と横並びの年間70万円というもので、交付方式も団体補助という不公平なものでした。1988年に80万円、1991年に90万円、1994年に100万円、1996年以降110万円とわずかづつ増額されました。しかし2003年に10%、さらに2004年度10%削減されるという憂慮すべき事態が起こりました。
(きょうされん発行「人はつづく 道はつづく」より)

点から面へ 活動の広がり

  • 夏まつりの取組み
    新屋敷へ移転の翌年1988年8月「第1回やまびこ夏祭り」を開催しました。この時、白川校区3町内の故白井自治会長さんから挨拶いただきましたが、「やまびこ作業所独自の夏祭り」でした。毎年開催する中で次第に地域の子どもさんの参加も増え、地域の夏祭りにしようという声が上がり、白川校区の自治会長さん、民生委員さん、子ども会の会長さんに相談して、「地域の夏祭り」に発展しました。
    実行委員会方式で名称もみんなで考えて「新屋敷ふくし祭り」に決定しました。
    2000年(平成12年)からスタートし、現在では600名から700名の地域の方が参加し文字通り「地域の祭り」となり、白川校区自治連合会の校区行事と並んで議題となっています。
  • 餅つき大会の取組み
    1998年12月、夏祭りから10年遅れて餅つき大会を始めました。この餅つき大会も最初は「やまびこ餅つき大会」でした。この餅つき大会も2001年から地域の餅つき大会へと発展し、「新屋敷ふれあい餅つき大会」として、地域の小中学生やお年寄りの参加も増え、地域の思い出作りに貢献しています。
    このような取組みの中で、この地域では障害のある方への差別や偏見は、この25年間、見受けられません。
  • 障害者列車ひまわり号に乗って
    やまびこ共同作業所の発足と同じ年に「障害者列車ひまわり号を走らせる会」の実行委員会が結成され、やまびこも実行委員会に参加して、総出で参加、阿蘇へ約500名で参加しました。このひまわり号はやまびこの仲間が「列車で旅行したいなあ」という声から始まりました。日頃なかなか外に出る機会をもてない障害のある人たちが、日帰りでも列車に乗って旅行に行けるという経験ができみんなの楽しみなイベントです。
  • 障害者児の生活を豊かにする会(略称・豊かにする会)の活動に積極的に参加
    やまびこ共同作業所の生みの親である「豊かにする会」の総会や活動に仲間たちは積極的に参加しています。特に、熊本市に対し、乗車無料券「さくらカード」の実現にも大きな役割を果たしました。その後2004年に有料化とプリペイド化が打ち出され1日500円の工賃で通所している仲間たちにとって大きな負担となることから反対運動(街頭署名や署名運動)に参加して頑張ってきましたが、要求実現には至りませんでした。
    いま障害者自立支援法廃止に向け一緒に運動を展開し、やっと2009年の総選挙で「廃止」を公約する政党が多数を占め私たちの要求が実現することになりました。
  • きょうされん(旧・共同作業所全国連絡会)の支部結成に貢献
    やまびこ共同作業所は、発足と同時にきょうされんに加盟し、直接加盟作業所として運動してきました。当時5作業所しか加盟していなかったが、2000年から支部づくりを目指して、「10会員・100人の賛助会員を」を合言葉に結成に踏み出しました。2001年全国の援助も受けながら、14会員100賛助会員を達成し熊本県支部を結成しました。2009年10月現在58会員、賛助会員も400口を超えるまでに発展してきましたが、この中でやまびこ共同作業所は大きな役割を果たしてきたと自負しています。
  • 多くのみなさんに支えられて
    2004年の6月、やまびこ共同作業所で大量に白アリが発生し、近所に大変迷惑をかけました。熊本市は無償で貸与しているからと取り合ってもらえず、このことを熊日新聞が報道、善意の人たちから多額の寄付をもらい感激したこともありました。また24時間テレビ(車両)、日立親切会(エアコン)、熊本パイロットクラブ(テント)、熊本善意銀行(車両、綿菓子機)、共同募金会(車両ほか)、年賀寄付金配布(倉庫、シャッター)国際ソロプテイミスト熊本(寄付金)その他多くの方より援助をいただきました。ありがとうございました。

社会福祉法人取得と小規模通所授産施設認可
2001年社会福祉法人取得「社会福祉法人やまびこ福祉会」へ

2000年に社会福祉事業法が改正され社会福祉法となり、法人取得条件が緩和されたことにより法人化できました。
法人化に必要な1千万円の基本金は、これまでいろんなイベントの度に積み立てた外に、熊本保養院の故・光冨照子(PSW)さんから多額の寄付金をいただいたことは記録しておきたい。
小規模作業所から、小規模通所授産施設やまびこ共同作業所となり、パウンドケーキの製造販売に精出しています。
2003年7月 共同作業所ゴー・スロー開設
やまびこ共同作業所が定員超過となり新たに作業所をつくる必要から、熊本市西部のフードパル熊本の中の「こだわり工房村」に開設しました。
フードパルに開設したのは、2003年6月に、帯山4丁目に土地建物を購入(2千5百万円)してここに開設予定であったが、地元の一部の猛反対で共同作業所の開設を無理おしせず、やむなく地域的には遠い場所への開設となったものです。障害者に対する差別偏見をいやというほど味あわされたことは決して忘れることはできない出来事でした。その後、障害者自立支援法による新規模事業への移行により「豆冨工房ゴー・スロー」として、帯山4丁目で地域の皆さんに見守られながらがんばっています。昔ながらの「ト~フ~」という笛の音に懐かしさを感じられます。
2005年8月 帯山4丁目に「グループホームすばる」を開設し、定員4名で3名はゴー・スローへ通所、1名はワークセンターやまびこへ通所しています。

障害者自立支援法の下で 2006年~

<2006年10月 障害者自立支援法による新規模事業へ移行

やまびこ共同作業所は、「ワークセンターやまびこ」と名称を変更して、就労継続支援B型事業へ移行
ゴー・スローは、フードパル熊本から帯山4丁目へ移転し、就労継続支援A型事業所へ移行
グループホームすばるは、共同生活援助事業すばるへ移行

障害者自立支援法は、2005年10月31日、強行採決により成立しました。
翌2006年4月に施行され、10月から全面施行となり、新規模事業への以降が始まりました。やまびこ福祉会としては、問題のある法律だが、「批判的に対応」するという方針で施行と同時にすべての事業を新規模事業へ移行しました。
私たちは、この自立支援法は障害者に応益負担(1割の定率負担)を課し、障害者の自立を支援するどころか逆に自立を阻害するという結果となるものであり、事業所にとっても利用者が通所したときだけ報酬があるということで事業所の運営上大きな障害となるものです。障害程度区分にしても障害の実態とかけ離れた区分認定となるなど問題山積の法律ということで、この法律は「廃止」すべきだと施行と同時に反対運動が起こりました。2006年の10月から毎年大きな全国規模の集会が行われました。この熊本でも「障害者自立支援法をよくする連絡会」と「障害者自立支援法の負担軽減を求める会」という大きな共闘団体が組織され署名運動や決起集会が展開されてきました。
この運動の結果、利用料負担の軽減という譲歩を引きだしましたが、抜本的な見直しまではいきませんでした。熊本市では利用者の利用料を2分の1にし、菊池圏域の2市2町では1日350円の援助をするなど成果が上がってます。
この運動でも、やまびこ福祉会の職員や利用者は、きょうされん熊本支部の一員として大きな役割を果たして来ました。

2009年8月 連立政権のもとでの運動

障害者自立支援法は「廃止」を公約した政党が多数を占め、障害者自立支援法の廃止の思いが現実のものとなりました。
9月に発表された「連立政権樹立にあたっての政策合意」には「『障害者自立支援法』は廃止し、『制度の谷間』がなく、利用者の応能負担を基本とする総合的な制度をつくる」とあります。10月30日の全国大フォーラムで、長妻昭厚生労働大臣は、1万人の参加者を前に「応益負担という重い負担と苦しみ、尊厳を傷つける自立支援法は廃止することを決断した。・・中略・・4年間の政権一期の中で応益負担から応能負担に変える新しい制度を創設する」と明言しました。
新しい制度には、私たちの声を積極的に反映していきたいと思います。

2010年9月 第2のグループホーム開設

共同生活援助事業 グループホームるぽの家 尾ノ上でアパート形式6名定員!

念願の二つ目のグループホーム設置が実現しました。尾ノ上に5名定員のアパート型として、2011年9月よりスタートしました!週1回の顔合わせミーティングと食事、金銭やりくり支援、相談、食生活、コミュニケーション、各々の暮らしを支援しています。名称は、「るぽの家」です!

2011年4月 移転

法人本部及びワークセンターやまびこが新屋敷から新大江に移転しました!

やまびこ福祉会の当面する長い間の課題だった移転が実現しました。                                                            ワークセンターやまびこの建物は1986年ごろから熊本市よりお借りした建物で約25年間お世話になっていました。ありがたいお話です。ですが、築65年を過ぎ、白アリの巣窟となっている老朽化した非常に不適切な状況でした。何としても仲間たちが安心して働ける環境の良い憩いの場と仕事場が必要だったのです。
2009年に新たな物件を見つけ、2010年3月に購入しました。2010年5月に新物件は、ワークセンターやまびこの従たる事業所としてスタート。2010年11月から改修工事に入り2011年2月に竣工しました。2011年3月は、引越しスタート。ワークセンターやまびこ従たる事業所を主たる事業所に変更し、新屋敷物件を引き払いました。2011年4月より、社会福祉法人やまびこ福祉会法人本部及びワークセンターやまびこ(就労継続支援B型事業)を新しい場所でスタートすることができましました。多くの方々にお気持ちをいただき誠に感謝しております。                                                  これまでの新屋敷、白川校区では25年間見守っていただき、夏祭りやもちつきなど地域の行事として一緒に取組ませていただきました。子どもたちや年配の方々の過ごしやすい安心安全づくりの交流の場として、新しい住民や障がいのある方々まで幅広く交流が深まる機会となり、2011年度で「新屋敷ふくし夏祭り」は10周年を迎えました。「移転したからといって、つながりがなくなるわけではありません。今後もよろしく!」と白川校区自治連合会長にお言葉をいただきました。                                                                                      新しい移転場所は、新大江で託麻原校区です。とても好意的に受入れていただいています。しっかり親睦・交流をし、信頼していただけるよう地域のニーズにともに向き合っていきたいと思います。

2013年3月 第3のグループホーム開設

  「やまびこ福祉会グループホーム事業」に事業所名変更 

  グループホーム「ブルースカイ」 東区月出にアパート形式4名定員!

2013年7月 第4のグループホーム開設

  グループホーム「クローバー」 東区尾上にアパート形式2名定員!

2013年11月 30周年記念式典

2017年5月 グループホーム定員増

  グループホーム「ブルースカイ」 東区月出アパート形式6名定員!